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2007年11月10日

長崎県高島炭坑と部落差別

まだ、日本がエネルギーの供給を石炭に依存していた時代。
炭坑の中の温度は非常に高いのです。

地底に降りていくに従ってどんどん温度は高くなります。
50℃前後にもなります。
石炭を掘り進む炭坑たちは、そのような過酷な環境の中で働きました。

閉鎖された炭坑の中の酸素は乏しく、暑すぎる温度で汗は絶えず流れ続けます。
それでも休むことは許されません。

坑夫の中には過酷な労働環境に耐えられず、
すこしだけ休憩を取ったり、納屋頭(労働者たちを監視するマネージャー)にすると、
熾烈な「罰」を受けました。

見せしめとして、
坑夫の両腕を後ろ手に縛り
梁の上に釣り上げて暴力を加え、
他の坑夫たちにその様子を見せつける。

あるいは、
過酷な労働環境に耐えられず脱島しようとして
監視人に捕まれば、蹴り上げられ、打ち倒され、釣り上げられたりします。

逃避願望や反抗心をもっている坑夫たちへの牽制として、
このような暴力は日常茶飯事のことでした。

現代の日本の発展には、マイノリティの人達の犠牲の上に成り立っています。
ここには、現代の企業と労働者との関係の原点が見られましょう。
松本吉之助さんの話からの引用の引用ですが、
炭坑を掘り進める際には、タネ油と石油の合油の灯りをたよりに石炭を掘るという風にやっていた。

炭坑という仕事には、生まれた土地だけの理由で差別するという理不尽な部落差別というものが
厳然と存在しました。
炭坑産業初期に炭坑に携わった人間のほとんどは部落出身者でした。
男女も関係なく、
例えば、女性の場合、坑内は地熱で暑すぎるので、
上半身は裸でおっぱいも丸出しで仕事に従事しました。

羞恥心よりも先に、命がけの仕事を1日1日と凌いでいきました。
坑内での火事や崩落などの事故の危険との隣り合わせ。

徹底して部落出身者は差別され、炭坑夫の仕事をするのではなく、
掘った石炭の載ったトロッコを全身で押し動かす仕事(ズラ曵き)をやらされていました。


posted by nagas at 20:46 | 長崎 | 差別
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